福山市神辺町にありますおきとう歯科クリニック院長の沖藤泰隆(顎咬合学会認定医)です。
「顎がカクカク鳴る」「口を開けると痛い」、あるいは「大きく口を開けたら顎が外れてしまった」といったお悩み、お持ちじゃないですか? これらは一般的に「顎関節症(がくかんせつしょう)」として知られる症状の一部なんですが、実は「顎が外れる」というのは、単なる痛みや音とは少し違う、もっと深刻な状態を示していることがあるんですよ。
今回は、特に「繰り返し顎が外れてしまう」状態、いわゆる反復性顎関節脱臼に焦点を当てて、そのメカニズムと、なぜ頻繁に起こるようになってしまうのか、そしてどう対処すべきかをお話ししたいと思います。

ブログの要点
- 顎が「外れる」(脱臼)とは?: 顎の関節(下顎頭)が、頭蓋骨の受け皿(下顎窩)から前方に滑り出て、正常な位置に戻れなくなった状態のことです。
- なぜ頻繁になる?: 一度外れると関節を支える組織(靱帯など)が伸びてしまい、わずかな力でも外れやすくなる「悪循環」に陥るためです。
- 放置は厳禁: 自分で戻せても、繰り返すうちに組織がさらに傷み、最終的に戻せなくなる「陳旧性(ちんきゅうせい)脱臼」に移行するリスクが非常に高いです。
「顎が鳴る・痛い」と「顎が外れる」は違います
まず、この違いをはっきりさせておきたいんですね。
「顎がカクカク鳴る」「口を開けにくい」「顎が痛い」。これらは多くの場合、顎関節の中にある「関節円板(かんせつえんばん)」というクッション材がズレたり、顎を動かす筋肉が緊張したりして起こる「顎関節症(TMD)」の主な症状です。
一方で、「顎が外れる(脱臼)」というのは、関節そのものが正常な可動域を完全に逸脱してしまった状態を指します。もっと重篤な状態、ってイメージですね。口が閉じられなくなったり、顔が間延びしたように見えたりするのが特徴です。
今回は、この「脱臼」がクセになってしまう「反復性顎関節脱臼」について深掘りしていきます。
顎が「外れる」メカニズム:関節の構造から見てみましょう
顎関節ってどうなってるか、イメージ湧きますか?
耳の穴のすぐ前にあって、頭蓋骨側に「下顎窩(かがくか)」という”くぼみ”があります。そこに、下顎の骨の先端にある「下顎頭(かがくとう)」という”丸い突起”がはまり込む形になっています。
私たちが口を開けるとき、この下顎頭は、ただ回転するだけじゃないんですよ。くぼみ(下顎窩)の前方にある「関節隆起(かんせつりゅうき)」という骨の”山”の上を、前方に滑りながら移動するんです。
「脱臼」というのは、あくびや大笑いなどで口を大きく開けすぎたときに、この下顎頭が”山(関節隆起)”を乗り越えて前に出たまま、自力で”くぼみ”に戻れなくなった状態を指します。
【核心】なぜ頻繁に外れるようになるのか?:「水の吸引」でも外れる悪循環
ここが今回の核心部分ですね。
最初は「大きなあくび」で外れただけだったのに、「3週間も続いている」「最近は水を飲む時や、ちょっと口を開けただけでも外れそうになる」というのは、なぜなんでしょうか。
それは、**関節の安定性が失われる「悪循環」**に陥ってしまっているからなんです。
- 初回の脱臼と組織の損傷
何かのきっかけで(例:大きなあくび)、関節に強い力がかかります。この時、下顎頭を正常な範囲に留めている袋状の組織「関節包(かんせつほう)」や、それを補強する「靱帯(じんたい)」が、物理的に引き伸ばされて損傷してしまうんですね。
- 支持組織の機能低下(「外れやすい」状態の定着)
一度過度に引き伸ばされて緩んでしまった靱帯や関節包は、伸びきったゴム紐みたいになっちゃってるんです。関節をしっかり固定し、安定させる能力が著しく低下します。
- 【悪化のメカニズム】反復によるさらなる弛緩
ここが一番の問題です。「外れても、自分で戻せる」状態であっても、この**「脱臼」と「整復(戻すこと)」という動作が繰り返されるたびに**、すでに弱っている靱帯と関節包は、さらにストレッチされ、微細な損傷を受け、弛緩がどんどん進行していきます。
- 脱臼のハードル(閾値)が下がる
この悪循環が続くと、関節の安定性は著しく失われます。もはや「大きな開口」をしなくても、水を飲むときのわずかな筋肉の動きですら、下顎頭が逸脱する(外れる)引き金になってしまうほど、脱臼の「ハードル」が下がってしまうんですよ。
もともと関節が柔らかい体質の方や、加齢によって靱帯が緩みやすくなっている方は、特にこの状態に陥りやすい傾向がありますね。
放置するリスク:「自分で戻せる」が一番危ない理由
「自分で戻せるから大丈夫」と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、それは医学的に見ると非常に危険なサインなんです。
最大の脅威は、「陳旧性(ちんきゅうせい)脱臼」への移行です。
- 陳旧性脱臼とは?
脱臼が整復されないまま放置された状態を指します。その**目安となる期間が「3〜4週間以上」**とされています。
- なぜ危険か?
今は自己整復ができているかもしれませんが、それはある意味で幸運なだけなんです。靱帯の緩みが進行しているということは、次に脱臼した際、それが「自己整復できない」最後の脱臼になるリスクが非常に高まっていることを意味します。
もし次に整復に失敗し、「いつもは戻るのに」と様子を見ているうちに数日が経過し、受診が遅れて3〜4週間が経過すると…関節内では、逸脱した下顎頭の周囲で組織が硬く変性し始めます(線維化)。
その結果、関節が異常な位置で固着してしまい、私たち専門家(口腔外科医)が手で戻すこと(徒手整復)すら困難になります。
一度この「陳旧性脱臼」に移行してしまうと、治療は極めて複雑になり、改善には大掛かりな外科手術が必要となる可能性が飛躍的に高まってしまうんですよ。
対処法(1):悪化を防ぐセルフマネジメント
専門医の診断を受けるまでの間、この悪循環を断ち切るために、直ちに実行してほしい自己管理法(セルフマネジメント)があります。
メリット:
- 関節を支える靱帯へのさらなるダメージを防ぎます。
- 「陳旧性脱臼」への移行リスクを一時的に下げることができます。
デメリット:
- あくまで応急処置であり、伸びてしまった靱帯を元に戻す治療ではありません。
- 根本的な解決にはなっていないため、これだけで安心はできません。
最優先でお願いしたいのは、顎関節の「過伸展(伸ばしすぎ)」を物理的に防ぐことです。
- あくび(最大のリスク)
あくびが出そうになったら、口を大きく開けずにすむように、必ず拳や手のひらで下顎の先端(オトガイ部)を上方に押し上げるように支えてください。物理的に開口を制限することが非常に重要です。
- 食事
硬い食品(スルメ、ビーフジャーキー、硬いパン、ナッツ類、リンゴの丸かじり等)は、関節に過度な負担をかけるため、絶対に避けてください。食事は一口を小さくし、大口を開けないように細心の注意を払います。
- 癖(へき)の徹底的排除
**頬杖(ほおづえ)**は、片側から顎を圧迫する最悪の癖の一つです。絶対にやめてください。また、うつぶせ寝も顎関節を長時間圧迫する可能性がありますので、できるだけ仰向けで寝るようにしてください。
対処法(2):専門医療機関(歯科口腔外科)での段階的治療
セルフマネジメントはあくまで応急処置です。根本的な解決には、専門的な医療介入が不可欠ですね。受診すべき診療科は「歯科口腔外科」または「顎関節専門外来」です。
診断後、まずは身体的な負担が少ない治療法(保存的治療)から試みられます。
- 保存的治療(固定療法など)
弾力包帯などで一定期間、物理的に開口を制限し、引き伸ばされた靱帯や関節包の安静と修復を図ります。
- メリット: 身体への負担が最も少ないです。
- デメリット: 固定を解除した後の再発率がやや高いという課題があります。
- 低侵襲治療(自己血注入療法など)
保存的治療で再発してしまうものの、手術には抵抗がある場合に検討される方法です。例えば「自己血注入療法」というものがあります。
- メカニズム: 患者さんご自身の血液を採血し、それを緩んでしまった関節の周囲に注射します。イメージとしては、注射した血液が組織化して硬くなる(傷跡が硬くなるのと同じ原理)プロセスを利用し、意図的に関節の「遊び(可動域)」を減らして、関節が前方に移動しにくくする(=脱臼しにくくする)んです。
- メリット: ご自身の血液を使うためアレルギー等のリスクが非常に低く、外来で実施可能です。
- デメリット: 効果の出方には個人差があり、比較的新しい治療法のため長期的なデータは蓄積中です。
- 外科的治療(観血的アプローチ)
上記の方法でも改善が見られない難治性の場合、最終的に手術が検討されます。例えば、下顎頭が乗り越える骨の隆起(関節隆起)の形状を外科的に削ったり、逆に高くしたりして、物理的に脱臼が起こらないようにする手術などがあります。
- メリット: 根本的な原因(骨の形態など)にアプローチできる可能性があります。
- デメリット: 入院が必要となり、身体への負担(侵襲)が大きくなります。
まとめ
「反復性顎関節脱臼」は、れっきとした医学的な病態です。
頻度が悪化している(「水を飲む時でも外れる」)というのは、関節の支持組織(靱帯)が修復困難なほどに緩み、関節の安定性が失われているという危険なサインなんですよ。
「3週間も続いている」「自分で戻せる」という状態は、「陳旧性脱臼」(整復困難な状態)へ移行するかの重大な分岐点に立たされていることを示しています。
自己整復が可能であるからといって、現状維持を選択することは、関節が元に戻らない状態(不可逆的な変化)を招くリスクを著しく高める行為です。
必ず、自己判断で放置せず、お近くの「歯科口腔外科」または「顎関節専門外来」を受診し、専門家の診断と適切な治療介入を受けてくださいね。
参考文献
本ブログ記事を作成するにあたり、以下の医学論文を参考にしました。
- 論文名: The Treatment of Temporomandibular Joint Dislocation: A Systematic Review
- 執筆者: Undt G, et al.
- 雑誌名: Dtsch Arztebl Int
- 巻数・ページ: 115(5), pp.59-64
- 発行年: 2018
- リンク: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5817180/
- 日本語サマリー: 顎関節脱臼の治療に関するシステマティックレビュー(複数の研究をまとめた信頼性の高い報告)です。早期の正しい診断と適切な治療が、関節への永続的なダメージを避けるために不可欠であると強調しています。また、診断の遅れが脱臼の整復を困難にし、再発リスクを高めること(陳旧性脱臼のリスク)を指摘しています。
- 論文名: Management Strategy for Chronic Recurrent Temporomandibular Joint Dislocation: A Prospective Study
- 執筆者: Sharma G, et al.
- 雑誌名: Natl J Maxillofac Surg
- 巻数・ページ: 11(2), pp.218-223
- 発行年: 2020
- リンク: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9702252/
- 日本語サマリー: 慢性の反復性顎関節脱臼に対する段階的な治療戦略(3ステップアプローチ)について報告しています。まず保存的な徒手整復を試み、解決しない場合は低侵襲な自己血注入療法、それでもダメな場合は外科的治療(関節隆起切除術)へと進むアプローチの有効性を示しており、本ブログの「段階的治療」の考え方と一致します。
- 論文名: 知的障害を有するダウン症候群患者の習慣性顎関節脱臼に自己血注入療法(ABI)を行った一例 (A case of habitual temporomandibular joint dislocation in a patient with Down’s syndrome and intellectual disability treated with autologous blood injection (ABI))
- 執筆者: 廣瀬 友美, 他
- 雑誌名: 日本障害者歯科学会雑誌 (Journal of Japanese Society for Disability and Oral Health)
- 巻数・ページ: 41(4), pp.312-317
- 発行年: 2021
- リンク: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsdh/41/4/41_312/_article/-char/ja/
- 日本語サマリー: 日本国内での症例報告です。頻回な習慣性顎関節脱臼の患者に対し、低侵襲な「自己血注入療法(ABI)」を行い、良好な結果を得たことが報告されています。これは、外科手術が困難な場合や、より負担の少ない治療を望む場合の有効な選択肢として、ABIが国内でも認識されていることを示しています。






