福山市神辺町にありますおきとう歯科クリニック院長の沖藤泰隆(顎咬合学会認定医)です。

前回は、抗生剤が腸内細菌を「除草剤」のようにまとめて減らしてしまい、一部の菌は半年以上戻らないことがある、というお話をしました。
今回は、その腸内細菌が免疫とどうつながっているのかを、できるだけかみ砕いてお話しします。
実はこの分野、日本の研究者が世界をリードしてきた領域でもあります。
概要
腸は体内最大の免疫器官で、抗体をつくる細胞の7〜8割が集まっています。腸内細菌は免疫を「強くする」のではなく、攻撃役(Th17)と抑制役(Treg)のバランスを決める教官の役割を果たしており、その仕組みは日本の研究者が世界に先駆けて明らかにしました。
今回は、食物繊維から腸内細菌がつくる酪酸が免疫のブレーキ役を育てる経路、腸で育った免疫細胞が肺や口に配属される仕組み、そして発酵食品で炎症マーカーが下がったヒトの試験を紹介し、日本人の食物繊維不足と睡眠・ストレスの影響まで整理します。
要点
- 免疫は「強さ」ではなく、アクセルとブレーキのバランス。腸内細菌がその方向を決めており、種類が豊富なほどバランスがとれます。
- 食物繊維→酪酸→制御性T細胞という経路は理化学研究所の発見。腸で育った免疫細胞は、肺や口の粘膜にも配属されます。
- 発酵食品を10週間続けた人で腸内細菌の多様性が増え、炎症マーカー19種が低下しました。食物繊維だけでは短期では変化がなく、発酵食品との併用が理にかなっています。
情報源
本記事は、当院の臨床的な考え方と、記事末尾に挙げた公開文献をもとに構成しています。
腸は「体内で最大の免疫器官」
「免疫細胞の7割は腸にある」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
正確に言うと、これは少し盛られた表現です。研究者の間では、腸に集まるリンパ球はおよそ4〜6割、抗体をつくる細胞に限れば7〜8割が腸に集中している、とされています。
いずれにしても、腸が体の中で最大の免疫器官であることは間違いありません。
なぜ腸にこれほど免疫細胞が集まっているのか。理由は単純で、腸は「外」だからです。
口から肛門までは、体の中を通る一本のトンネルです。食べ物と一緒に、毎日大量の細菌やウイルスが通過します。ここに最強の防衛ラインを敷いておく必要があるわけです。
免疫は「強い・弱い」ではなく「バランス」
ここで、免疫について一つだけ正確なイメージを持っていただきたいことがあります。
「免疫力を上げる」という言葉は、免疫を「攻撃力」のように捉えがちです。
しかし実際の免疫は、アクセル(攻撃)とブレーキ(抑制)の両方が必要です。
- アクセルが弱いと、感染症にかかりやすくなる
- ブレーキが弱いと、アレルギーや自己免疫疾患、慢性の炎症が起きる
歯周病も、実は「細菌そのもの」より「細菌に反応した自分の免疫が暴走して、自分の骨を溶かしている」病気です(これは第3回で詳しく)。
つまり本当の意味での「免疫力が高い状態」とは、必要なときに攻撃し、不要なときはきちんと止められる状態です。
そして、このアクセルとブレーキの調整に、腸内細菌が深く関わっています。

腸内細菌は免疫細胞の「教官」
発見1:腸内細菌が「ブレーキ役」を育てる
2011年、理化学研究所の本田賢也先生らのチームは、腸内細菌の中の「クロストリジウム属」という一群の菌が、制御性T細胞(Treg:免疫のブレーキ役)を増やすことを発見しました(Atarashi et al., Science 2011)。
2013年には、健康な人の便からこの働きを持つ17種類の菌を選び出し、マウスに与えると大腸炎が軽くなることも示しています(Nature 2013)。
発見2:食物繊維 → 酪酸 → ブレーキ役が増える
同じ2013年、理化学研究所の大野博司先生・古澤之裕先生らは、その仕組みの核心を明らかにしました(Furusawa et al., Nature 2013)。
腸内細菌が食物繊維を分解してつくる「酪酸(らくさん)」という物質が、免疫細胞の遺伝子のスイッチを切り替えて、ブレーキ役のTreg細胞を増やしていたのです。
同じ号のNatureとScience誌に、米国の2チームからも同様の発見が報告され、この「食物繊維 → 酪酸 → 免疫のブレーキ」という経路は世界的に確立しました。
畑にたとえるなら、食物繊維は肥料の原料、腸内細菌は肥料をつくる職人、酪酸はその肥料です。肥料がないと、ブレーキ役の免疫細胞が育ちません。

発見3:別の菌は「アクセル役」を育てる
一方で、「セグメント細菌」という菌は、感染を防ぐアクセル役(Th17細胞)を増やすことがわかっています(Ivanov et al., Cell 2009)。
ここが重要なポイントです。腸内細菌は免疫を「上げる」「下げる」のではなく、免疫の方向を決めているのです。
だから腸内細菌の種類が豊富(多様性が高い)であることが、アクセルとブレーキのバランスのとれた免疫につながります。
腸の免疫は、全身に「配属」される
腸で育った免疫細胞は、腸だけで働くわけではありません。血流やリンパの流れに乗って、肺、皮膚、そして口の中の粘膜や唾液腺にも配属されます。
これを裏づける研究をいくつか紹介します。
腸と肺のつながり(腸肺軸)
スイスの研究(Trompette et al., Nature Medicine 2014)では、食物繊維の多い餌を食べたマウスは、腸内細菌がつくった短鎖脂肪酸が血流に乗って骨髄に届き、肺のアレルギー性炎症が抑えられたことが示されました。逆に低繊維食では悪化しました。
腸内細菌とワクチンの効き
前回も触れた米国の研究(Hagan et al., Cell 2019)では、インフルエンザワクチンの直前に抗生剤で腸内細菌を減らすと、抗体をつくる力が落ちる人がいることがわかりました。
腸内細菌のいない動物
無菌状態で育てた動物は、リンパ組織が未熟で、抗体(特に粘膜を守るIgA)の産生が低く、感染にも弱いことが知られています。常在菌を戻すと、これらは回復します。
「腸は免疫の学校」というたとえがよく使われますが、まさにその通りで、腸で教育を受けた免疫細胞が、卒業後に全身の現場へ配属されるのです。
発酵食品で「炎症マーカーが下がった」研究
では、実際に腸内環境を整えると、体の炎症は変わるのでしょうか。
米スタンフォード大学の研究(Wastyk et al., Cell 2021)では、健康な成人36人を2つのグループに分け、10週間続けてもらいました。
| グループ | 食事内容 | 結果 |
|---|---|---|
| 発酵食品群 | ヨーグルト、ケフィア、キムチ、発酵野菜、コンブチャなどを毎日 | 腸内細菌の多様性が上昇。炎症に関わる血中タンパク19種類(IL-6など)が低下 |
| 高食物繊維群 | 野菜・豆・全粒穀物などで繊維を大幅に増量 | 10週間では多様性・炎症マーカーとも有意な変化なし |
興味深いのは、食物繊維を増やしただけでは短期間では変化が出なかった点です。研究チームは「もともと繊維を分解できる菌が少ない腸では、餌だけ与えても効果が出にくい」と考察しています。
つまり、発酵食品で「住人」を増やしつつ、食物繊維で「餌」を用意する、この組み合わせが理にかなっている、ということです。
日本人の食物繊維は足りているか
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、食物繊維の目標量は男性(30〜64歳)1日22g以上、女性18g以上とされています。
一方、国民健康・栄養調査による実際の摂取量は、成人で中央値17g前後。特に男性は目標に届いていません。
戦後間もない頃の日本人は1日20g台後半を摂っていたとされ、長期的には減少傾向です(近年は測定法の変更があるため単純比較はできません)。
日本には、納豆、味噌、漬物、甘酒といった優れた発酵食品と、海藻、きのこ、豆、根菜といった食物繊維源がもともと豊富にあります。特別なサプリよりも、「和食に戻る」だけで腸内環境の底上げができる、というのが私の実感です。
睡眠とストレスも腸に響く
米国の研究(Smith et al., PLoS ONE 2019)では、睡眠の質が良い人ほど腸内細菌の多様性が高い、という相関が報告されています。
また慢性的なストレスが腸の粘膜や菌の構成を変えることは、多くの研究で示されています。
腸内環境を整えるのは食事だけではなく、睡眠とストレス管理もセットだということです。
まとめ
- 腸は体内最大の免疫器官。「抗体をつくる細胞の7〜8割」が腸に集まる
- 免疫は「強さ」ではなく「アクセルとブレーキのバランス」
- 腸内細菌は免疫細胞の教官。食物繊維→酪酸→ブレーキ役(Treg)の経路は日本発の発見
- 腸で育った免疫細胞は、肺や口など全身に配属される
- 発酵食品+食物繊維の組み合わせで、炎症マーカーが下がることがヒトの試験で示されている
次回はいよいよ本題です。この腸で整えられた免疫が、お口の中の細菌バランスや歯周病にどう反映されるのか、最新の研究をもとにお話しします。
参考文献
- Vighi G, et al. Clin Exp Immunol. 2008;153(Suppl 1):3-6.
- Atarashi K, et al. Science. 2011;331:337-341.
- Atarashi K, et al. Nature. 2013;500:232-236.
- Furusawa Y, et al. Nature. 2013;504:446-450.
- Arpaia N, et al. Nature. 2013;504:451-455.
- Smith PM, et al. Science. 2013;341:569-573.
- Ivanov II, et al. Cell. 2009;139:485-498.
- Trompette A, et al. Nature Medicine. 2014;20:159-166.
- Hagan T, et al. Cell. 2019;178:1313-1328.
- Wastyk HC, et al. Cell. 2021;184:4137-4153.
- Smith RP, et al. PLoS ONE. 2019;14:e0222394.
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」
- 厚生労働省「令和5年 国民健康・栄養調査」
※この記事は一般的な情報提供を目的としています。持病のある方の食事内容は、主治医にご相談ください。






