福山市神辺町にありますおきとう歯科クリニック院長の沖藤泰隆(顎咬合学会認定医)です。

「疲れがたまると、歯が浮いたように痛む」
「風邪をひいたら、急に奥歯がズキズキしてきた」
「レントゲンで根の先に影があると言われたけど、全然痛くない」
診療をしていると、こうした声を本当によく聞きます。
同じような虫歯、同じような根の先の病巣を持っていても、痛みが出る人と出ない人がいる。そして同じ人でも、痛む時期と痛まない時期がある。
これまでの3回で、「腸内細菌が免疫のバランスを決め、その免疫が口にも反映される」というお話をしてきました。今回はその応用編として、「歯の痛みは、免疫の状態次第で出たり出なかったりする」という仮説を、研究をもとに組み立ててみます。
先に結論を言うと、この仮説はかなりの部分で支持されます。ただし、「免疫が強ければ痛くない」という単純な話ではありませんでした。
概要
成人の2人に1人は、歯の根の先に「痛くない病巣」を持っています。痛みの有無は炎症があるかどうかではなく、炎症を起こす力と収める力のバランスが、その人の閾値を超えるかどうかで決まります。痛みは免疫が働いた結果であり、「免疫が強ければ痛くない」という単純な話ではありません。
今回は、痛みのない病巣を免疫が封じ込めている「休戦状態」の仕組み、睡眠不足や慢性ストレス、風邪、糖尿病がその壁を崩す研究、大阪大学による24,320症例のフレアアップ解析、そして喫煙や免疫抑制で「痛みが出ないまま進む」危険まで整理します。
要点
- 痛くない虫歯でも、健康な歯の約18倍の炎症物質が出ています。痛みが出るかどうかは、炎症の量と、それを収める免疫(Treg・IL-10)の力、その人の閾値で決まります。
- 1晩の睡眠不足で痛みの閾値が下がり、慢性ストレスは炎症を野放しにします。治療前に自発痛があった歯は治療後のフレアアップが5.83倍。「痛くなる前」に治療を始めることが大事です。
- 喫煙・ステロイド・高齢では、警報が鳴らないまま病気が進むことがあります。「痛くない」を過信せず、定期検診とレントゲンでの確認を。
情報源
本記事は、当院の臨床的な考え方と、記事末尾に挙げた公開文献をもとに構成しています。
2人に1人が「痛くない病巣」を持っている
まず、驚くべき数字から。
世界中の研究をまとめたメタ解析(Tibúrcio-Machado et al., 2021)によると、歯の根の先に病巣(根尖病変)を持っている人は、成人の約52%。2人に1人です。歯の本数でいうと約5%、つまり20本に1本の歯に病巣があります。
ところが、そのほとんどの人は痛みを感じていません。
CT画像を使った研究(Weissman et al., 2015)では、「症状があるかどうか」は「病巣があるかどうか」を予測する材料にならなかった、とまで報告されています。
さらに興味深いデータがあります。ヒトの歯の神経(歯髄)の中にある炎症物質TNF-αの量を測った研究(Pezelj-Ribarić et al., 2002)では、
| 歯の状態 | TNF-αの量(pg/g) |
|---|---|
| 健康な歯 | 64 |
| 虫歯はあるが痛くない歯 | 1,120 |
| ズキズキ痛む歯(不可逆性歯髄炎) | 1,963 |
「痛くない虫歯」でも、健康な歯の約18倍の炎症物質が出ていました。
つまり、痛みの有無は「炎症があるかないか」ではなく、「炎症の量が、その人の閾値を超えたかどうか」で決まっている、ということです。
痛みは「免疫の産物」である
ここで、一つ大事な前提を押さえておきます。
歯の痛みは、細菌が直接神経を刺激して起きるのではありません。細菌に反応した免疫細胞(マクロファージや好中球など)が放出する炎症物質(プロスタグランジン、ブラジキニン、IL-1β、TNF-α、IL-6など)が、痛みの神経を敏感にすることで起きます。
言い換えると、痛みは免疫が働いた「結果」なのです。火事(感染)そのものではなく、火災報知器(免疫)が鳴っている音が痛みです。
だから「免疫が強い=痛くない」は成り立ちません。免疫が激しく反応すれば、痛みはむしろ強くなります。
歯は「窓のない密室」
歯の痛みが他の場所の痛みより格別につらいのには、構造的な理由があります。
皮膚や歯ぐきが炎症を起こすと「腫れる」ことで圧を逃がせます。ところが歯の神経は、硬い象牙質とエナメル質に囲まれた密室にあります。炎症でむくんでも逃げ場がなく、内圧が上がって神経を圧迫し、血流まで止めてしまいます。
「腫れられない場所の炎症」、これが歯痛の激しさの正体です。
「静かな病巣」は、免疫が封じ込めている
では、なぜ2人に1人が持っている根の病巣は、ふだん痛まないのでしょうか。
根の先の病巣を顕微鏡で調べた研究(Čolić et al., 2007, 2009)が、その答えを示しています。
| 痛みのない病巣 | 痛みのある病巣 | |
|---|---|---|
| 主役の免疫細胞 | 制御性T細胞(Treg)、マクロファージ | 好中球 |
| 多い物質 | IL-10、TGF-β(炎症を抑える) | IL-17、IL-6、IL-8(炎症を煽る) |
| 状態 | 細菌を壁で囲んで「休戦」 | 壁が破れて「交戦中」 |
痛みのない病巣は、細菌が消えたわけではありません。第2回・第3回で登場したブレーキ役のTreg細胞が、IL-10という物質で炎症を抑えながら、細菌を肉芽腫という壁の中に封じ込めているのです。
これは「休戦中の国境」のような状態です。敵はいるけれど、境界線が保たれているので静かです。
そして、痛みのある病巣では、第3回で歯周病の犯人として登場したアクセル役のIL-17と好中球が増えていました。境界線が破れ、交戦状態になったのです。

免疫には「炎症を収める力」がある
ここが今回の一番のポイントです。
免疫というと「攻撃する力」ばかりが注目されますが、実は「炎症を積極的に終わらせる力」も免疫の重要な仕事です。
- オランダの研究(Willemen et al., 2014)では、マクロファージがつくるIL-10を働かなくすると、本来1〜3日で消えるはずの炎症の痛みが1週間以上長引きました。
- オーストラリアの研究(Austin et al., 2012)では、Treg細胞を増やすと痛みが減り、Tregを取り除くと痛みが増しました。
- 2025年にはScience誌に、Treg細胞が体内のモルヒネ様物質(エンケファリン)を自らつくって痛みを抑えているという報告が出ました(Midavaine et al., 2025)。
つまり、痛みが出るかどうかは、
「炎症を起こす力」と「炎症を収める力」のバランス
で決まります。第2回でお話しした「免疫はアクセルとブレーキのバランス」という話が、そのまま「痛み」にも当てはまるのです。
根の治療のあとに痛みが出る人・出ない人(大阪大学の最新データ)
「同じ処置をしても、痛みが出る人と出ない人がいる」ことを、数字で示した日本の研究があります。
大阪大学大学院歯学研究科の歯科保存学教室(林 美加子教授のグループ)が2026年に国際的な歯内療法の専門誌 International Endodontic Journal に発表したメタ解析(Ohshima et al., 2026)です。世界の15の研究、24,320症例の根の治療をまとめ、治療後に予定外の受診が必要になるほどの強い痛みや腫れ(フレアアップ)が、誰に起きやすいかを解析しました。
- 重度のフレアアップが起きた割合は、全体の2.83%。約35人に1人です。
- 起きやすさを最も強く左右したのは、治療前にすでに自発痛があったかどうか。自発痛があった人は、なかった人の5.83倍フレアアップしやすい結果でした。
- 次いで、噛んだとき・叩いたときの痛みがあった人が3.45倍。
- そのほか、神経がすでに死んでいた歯、根の先に病巣があった歯、再治療、女性、下顎の歯でリスクが上がりました。
- 一方、年齢、歯の種類、根管の数、治療の器具や方法は、フレアアップの起きやすさに関係していませんでした。
この結果を今回の仮説に当てはめると、はっきりした構図が見えてきます。
リスクを上げた因子は、いずれも「治療前から、細菌と免疫の休戦が破れかけていた」ことを示すサインです。逆に、術者側の要因(器具・方法・歯の種類)はほとんど影響しませんでした。
つまり、同じ治療をしても、その歯が「休戦状態」で来院したか「交戦状態」で来院したかで、治療後の痛みの出方が分かれるのです。
だからこそ私たちは、「痛くなってから」ではなく「痛くなる前に」治療を始めたいと考えています。休戦中に治療すれば、フレアアップの確率は大きく下がります。
なお、この研究では疲労やストレス、糖尿病といった全身の要因は独立した因子として解析されていません。「疲れると急性化する」という現象は、次の節で紹介する観察研究の段階にとどまっていることは、正直にお伝えしておきます。
何が「休戦の壁」を崩すのか
では、どんなときにブレーキが弱り、休戦が破られるのでしょうか。研究が示している主な要因は4つです。

① 睡眠不足
米カリフォルニア大学の研究(Krause et al., 2019)では、健康な人がたった1晩眠らなかっただけで、痛みを感じる閾値が下がり、脳の痛みを感じる領域の反応が126%増加しました。
別の試験(Irwin et al., 2023)では、2晩の睡眠妨害で炎症物質(IL-6、TNF-α)の産生が増え、その炎症の増加が痛みの過敏化の約3分の1を説明していました。
徹夜明けや寝不足のときに歯が痛みやすいのは、気のせいではなく、体のブレーキが物理的に弱っているからです。
② 慢性的なストレス
急なストレスは一時的に痛みを鈍らせます(試合中に怪我に気づかない、あの現象です)。ところが慢性的なストレスは逆で、痛みを強めます。
米カーネギーメロン大学の研究(Cohen et al., 2012)は、その仕組みを示しました。慢性ストレスが続くと、体は炎症を抑えるホルモン(コルチゾール)を出し続けますが、受け取る側の細胞が「耳を塞いでしまう」(受容体の抵抗性)。その結果、炎症が野放しになり、風邪もひきやすくなっていました。
歯科でも、経済的ストレスと抑うつがある人は重い歯周病になりやすい(Genco et al., 1999)、ストレスの高い人は歯周病治療の効果が出にくい(Mauland et al., 2025)という報告があります。
興味深いのは、Gencoの研究では「問題に向き合って対処するタイプ」の人はストレスがあってもリスクが上がらなかったことです。ストレスそのものより、ストレスとの付き合い方が影響していました。
③ 風邪などの感染
親知らずの周りが腫れる「智歯周囲炎」の患者さん2,311人を調べた古典的な研究では、33%が直前に上気道感染(風邪)を経験していました。別の調査では70%が「普段以上の疲労や緊張」を自覚していました(Bean & King, 1971)。
口唇ヘルペスが発熱時に約3倍再発しやすいのと同じ構図で、体の防衛力が別の場所に割かれると、休戦していた口の病巣が動き出します。
④ 糖尿病
糖尿病のある方は、根の病巣を持つ割合が約1.5倍(オッズ比1.55)で、根の治療後の治りも悪いことがメタ解析で示されています(Segura-Egea et al., 2016 ほか)。血糖が高い状態は、免疫の「起こす力」も「収める力」も狂わせます。
逆のパターン:免疫が「報知器を鳴らせない」とき
ここまでの話には、もう一つ重要な側面があります。
「痛くない」ことが、必ずしも「良い状態」を意味しない、ということです。
- 喫煙:タバコのニコチンは歯ぐきの血管を収縮させるため、歯周病があっても出血しにくくなります。出血という警報が鳴らない一方で、骨の吸収はむしろ進んでいます。煙探知機の電池を抜いているようなものです。
- ステロイド・抗がん剤・免疫の病気:免疫が抑えられていると、感染しても発熱や腫れ、痛みが出にくくなります。白血球が減っている患者さんでは、歯の感染が「とても控えめな症状」で進み、発見が遅れることが指摘されています。
- 高齢の方:加齢で痛みの感じ方や炎症反応が鈍くなることは臨床でよく経験します。
訪問診療の現場では、この「静かに進む感染」を頻繁に目にします。ご本人は痛みを訴えないのに、口を開けると大きな膿の袋がある。免疫が弱っているために、報知器が鳴らないまま火が広がっているのです。
免疫の状態は、痛みを「強める」方向にも「消す」方向にも働きます。だからこそ、痛みだけを頼りにせず、定期的に歯科で見てもらうことが大事です。
腸とのつながり(仮説の段階です)
前シリーズとのつながりで、一つ興味深い研究を紹介します。
腸内細菌を持たない無菌マウスでは、炎症による痛みが弱くなることがわかっています(Amaral et al., 2008)。理由は、無菌マウスではブレーキ物質IL-10が多く出ていたからで、IL-10を止めると痛みが戻り、腸内細菌を定着させても痛みが戻りました。
この研究は「腸内細菌が痛みの感じ方を調整している」ことを示しています。第2回で紹介した「食物繊維→酪酸→Treg細胞」の経路を考えると、腸内環境がTreg(収める力)を通じて歯の痛みの出やすさに関わっている可能性は十分あります。
ただし、これはまだ動物実験と理論の段階で、「腸を整えたら歯痛が減った」というヒトの研究はありません。ここは正直に「仮説」とお伝えしておきます。
仮説をまとめると
今回の内容を一つの式にすると、こうなります。
痛みが出るかどうか = 細菌の火種 × (炎症を起こす力 − 炎症を収める力) × 密室の圧 × その人の痛みの閾値
- 細菌の火種:歯の中や根の先に細菌がいる限り、火種は消えない
- 起こす力:IL-17、TNF-α、好中球。風邪・糖尿病・慢性ストレスで増える
- 収める力:Treg、IL-10、体内のモルヒネ様物質。睡眠不足・慢性ストレス・腸内環境の乱れで減る
- 密室の圧:膿の出口(瘻孔)ができると圧が抜けて痛みが引く。歯の神経が死ぬと痛みの神経自体が消える
- 閾値:遺伝(COMT遺伝子など)、性別、心理状態で人によって違う
「同じ病態なのに痛む人と痛まない人がいる」のは、この式の後半(免疫のバランスと閾値)が人によって、そして日によって違うからです。
患者さんに伝えたい4つのこと
1. 痛みは「体からのSOS」。我慢しない
痛みが出たということは、休戦が破られ、免疫のバランスが崩れているサインです。市販の痛み止めで抑え込むだけでは、火種は残ります。
2. 痛みが引いても「治った」わけではない
膿の出口ができたり、神経が死んだりすると、痛みは消えます。でも火種は残っています。「痛くなくなったから行かなくていい」は、次の急性化を待っているのと同じです。
3. 「痛くない」を過信しない。特に喫煙・持病のある方
報知器が鳴らないタイプの方こそ、定期検診とレントゲンでの確認が必要です。
4. 免疫の「収める力」を日常で守る
睡眠、ストレスとの付き合い方、そして前シリーズでお話しした腸内環境(発酵食品と食物繊維)。これらは歯の痛みの出やすさにも、間接的に関わっていると考えています。
まとめ
- 成人の2人に1人が「痛くない根の病巣」を持っている。痛みの有無は炎症の有無ではなく、炎症の量と閾値の問題
- 痛みは免疫の産物。「免疫が強い=痛くない」ではなく、炎症を起こす力と収める力のバランスで決まる
- 静かな病巣は、Treg細胞が細菌を封じ込めた「休戦状態」。睡眠不足・慢性ストレス・風邪・糖尿病でその壁が崩れる
- 大阪大学のメタ解析では、治療前に自発痛があった歯は治療後のフレアアップが5.83倍。「休戦中」に治療を始めることが大事
- 逆に喫煙や免疫抑制では、報知器が鳴らないまま病気が進む
- 腸内環境が「収める力」を通じて痛みに関わる可能性は、現時点では仮説
エビデンスの強さ
| 内容 | 強さ |
|---|---|
| 根尖病変の大半が無症状 | 強 |
| 痛みは免疫・炎症物質による | 強 |
| 無症状病巣=Treg/IL-10、有症状=IL-17/好中球 | 中(ヒト検体、規模は小さい) |
| Treg・IL-10が痛みを収める | 強(動物)/ヒトは途上 |
| 睡眠不足で痛みの閾値が下がる | 強(ヒト試験+メタ解析) |
| 慢性ストレスで炎症が野放しになる | 強 |
| 術前の痛み・病巣がある歯ほど治療後にフレアアップする | 強(24,320症例のメタ解析) |
| 疲労・風邪が歯の急性化を起こす | 中〜弱(古い観察研究。メタ解析では未確立) |
| 腸内環境が歯痛の出やすさに関わる | 仮説(動物のみ) |
参考文献
- Tibúrcio-Machado CS, et al. Int Endod J. 2021;54:712-735.
- Weissman J, et al. J Endod. 2015;41:1824-1829.
- Pezelj-Ribarić S, et al. Arch Med Res. 2002;33:482-484.
- Ohshima J, Morita M, Kawanishi Y, et al. Factors Associated With Endodontic Flare-Ups: A Systematic Review and Meta-Analysis. Int Endod J. 2026. doi:10.1111/iej.70164
- Čolić M, et al. Eur J Oral Sci. 2007;115:315-320.
- Čolić M, et al. Mol Immunol. 2009;47:101-113.
- Willemen HL, et al. J Pain. 2014;15:496-506.
- Austin PJ, et al. Pain. 2012;153:1916-1931.
- Midavaine S, et al. Science. 2025;388:eadq6531.
- Krause AJ, et al. J Neurosci. 2019;39:2291-2300.
- Irwin MR, et al. Pain. 2023;164:1128-1137.
- Cohen S, et al. PNAS. 2012;109:5995-5999.
- Genco RJ, et al. J Periodontol. 1999;70:711-723.
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- Bean LR, King DR. J Am Dent Assoc. 1971;83:1074-1077.
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- Amaral FA, et al. PNAS. 2008;105:2193-2197.
- Pinho-Ribeiro FA, et al. Trends Immunol. 2017;38:5-19.
※この記事は一般的な情報提供を目的としています。歯の痛みが出た場合は、我慢せず歯科医院を受診してください。






